こんにちは。宮前です。
社内では、数か月前から、月に一度の「初心会議」の中で「立志の時間」が設けられています。
毎月クルーが1人ずつ、自分の初心からどうやって「子ども第一義」の理念を実現させていきたいか。
・・・などと自分の志を発表していくのですが、ついに今月自分の順番が!
そんなわけで、この1か月は改めて自分の人生を振り返る機会となりました。
そして、いざ発表してみると、仲間にも多かれ少なかれ影響があったようでしたので、こちらのブログを読んで下さる方にも、何かしらの参考や勇気、お力になればと願い、やや恥ずかしさやこわさもありますが、自分自身の「立志の経緯」について、ご紹介できればと思います。
思えば、小さい頃から周りと同じようにいることで安心していた自分。
実際に母親も「はみ出さない子に育ってほしい」と思っていたそうです・・・^^;
特にやりたいことがあったわけでもないのに、周りの友人と同じく、あたりまえのように大学まで行かせてもらい、その後、なんとか大企業に就職。
なんとなく「一安心」と思いきや、学生時代の周りの友人が、どんどんやりたいことを見つけ転職をしたり、学校に通い出したり。
その結果、「やばい。私はこのままでよいのか。」と焦り、葛藤する人生が始まります。
このまま働き続け、適齢期になったら、彼氏と結婚し、子どもができたら会社を辞め(当時は、育児休暇などあまり普及しておらず・・・)
いわゆる幸せな家庭を築き、いつしか孫もでき、80歳くらいになったら死ぬ・・・。
そんな、なんとなく予想のつく人生で終わっていいのか・・・と。
恥ずかしながら、あの頃の自分は、恵まれすぎていたのか、体験不足だったのか、色々なことが見えておらず傲慢で、健康であることや、働けること、結婚して子どもや孫ができること・・・など、「あたりまえ」のことだと思っていたフシがあります。
そのためか、当時の自分にとっては、そういう人生に魅力を感じられず、疑問を感じていました。
また同時に、誰かが自分の人生を変えてくれるわけでもなく、自分が決断し何かを変えなくては、このまま人生はあっという間に過ぎてしまうもの・・・と、
自分の人生は、自分でしか変えられないことを初めて痛感したような気がします。
そんなわけで、多くの人は思春期に味わいそうなものですが、私は、社会人になってからそんな葛藤に苦しむことになりました。
でも、今思えば、遅いか早いかはその人のタイミングだから、関係ないと思っています。
そして、これが「自立」の前にある、健全で必要なプロセスだったようにも感じています。
この話、長くなるので、次回に続きます・・・。^^;
かぐやかコーディネーター
宮前 奈々子