こんにちは。宮前です。
今回も、前回「立志の時間10」の続きです。
◆立志の時間10
http://www.caguya.co.jp/crewblog/miyamae/p8810/
今回は、自分自身の志である「持続可能な社会への一因となるような働きをしたい」に対しての、捉え方の変化についてです。
昔は、環境破壊や、絶滅する生き物などのニュースを見ては、心をいため、資源を食い潰すように生きている自分たち人間のことをどこか「悪」だと思い、直視できず、「地球が滅ぶくらいなら、人間なんていなくなってもいいのでは?!」と、極端なことを思ったことも・・・^^;
だからこそ、
「環境貢献をしたい」
「環境に負荷のない仕事を」
「環境保全に繋がる仕事を」
なんて、思っていたわけですが、
カグヤで働き、本物、本質、本当のことなど追求していく中で、少しずつ色々なことが見えてきて思うのは、
地球の歴史は人類よりも果てしなく長く、一時的に自然が壊れたように見えても、大きな目、長い目で見れば、いつも復活していて、このまま沢山の生き物が絶滅していった時、滅ぶのは地球ではなく、むしろ人の方なのではないか・・・
そして、自分が「地球環境を守りたい」と言っていたその本心は、人や自然、沢山の生き物が共存する豊かな社会を守りたかったのではないか・・・と、気付きました。
自分が「人」にうまれたからなのかもしれませんが、やっぱり人間がいなくなるのはさみしいものですし、
ただただ地球が存続すればよい・・・というよりも、地球上に人も一緒に住まわせてもらいたい、人間もいて、一緒に持続したい、調和したい。
・・・そんな気持ちがあります。
これも、年を重ね、前よりも人の素晴らしさに気付き、人が好きになったからなのかもしれません。
入社当時、保育にあまり関心がなかった私が、「なぜ、保育業界であるカグヤで働くのか?!」と問われた時、
「見守る保育」で自分を尊重されて育った子は、「自分さえよければいい」「人さえよければいい」ではなく、周りのことも尊重して、他者や周りの生き物、自然にも優しくなり、そんな子たちが大人になって築く社会は、きっと豊かで思いやりに溢れるものになると思うから・・・と答えていました。
本当にそうなのかも分からず、それはどこか淡い期待のようでもあり、自分に言い聞かせているようなところもありました。
でも「見守る」を意識し働き続ける中、社内やお客様、子どもたちの変化を見ると、「見守る」は「思いやり」に繋がることを実感し・・・
「淡い期待」だったものが、徐々に「強い想い」へと変化していることも感じます。
やっぱり「自分さえよければ」では持続しないからこそ、思いやりのある人づくり、保育、教育を意識すると共に、自分自身の生き方の中でも、そんな「思いやり」を大事にしていきたいと思うのです。
そんなわけで、長いこと続いていた「立志の時間」もそろそろ終盤なかんじですが、次回もどうぞよろしくお願いします。^^
(続く)
かぐやかコーディネーター
宮前 奈々子