この4月から、友人の子どもが小学校に入学し学童生活が始まったそうで、先日、友人と一緒に食事をしている時に、その様子などを話してくれました。
まだ、学童生活が始まって1週間ほどの頃でしたが、不安そうな子どもの様子を見てか、友人(母親)もとても心配していて、
仕事から家に帰って「今日はどんな遊びしたの?」など、学童の様子を子どもにきいてみると、子どもに「ひとりで砂場で遊んでたよ」と言われ、
友人は「そんなかわいそうな?!」「うちの子は大丈夫?!」など、更に心配になったといいます。
その後、「そうは言っても、ひとりで楽しんでいたかもしれないし、実際にかわいそうかどうかはわからない」など、話が進んでいったのですが・・・
確かに「ひとりで砂場」ときくと、大人の私たちにとっては、どこか孤独なかんじをイメージしがちですが、もしかしたら、ひとりで夢中になって砂場遊びを楽しんでいたかもしれず・・・その辺は実際のところきいてみないと分からないもの。
私自身、「皆で一緒に」「皆で仲良く」など教え込まれていたこともあり、子どもの頃は特に、皆と一緒や同じであることに安心を覚え、時に「ひとり」となると、人と違うことなどに心配になったりしてましたが、
実際には、一緒にいても孤立感や疎外感がある場合もあれば、ひとりでいても周りとの繋がりや信頼関係に満たされている場合もありますから、
大人の価値観や自分の価値観でものを見ないように注意して、子どもにとっても、本人が楽しかったり望んでいるのであれば「ひとり時間」も大事にするなど、時と場合によって、「ひとり」も「皆で一緒」も尊重できたらいいなとぁと思います。
そして会社でも「皆で一緒に」などとよくテーマなどにあがってますが、これもやっぱり、子どもに対して大事にしたいと思うように、
行動を一緒にすることや、皆と同じ場にいることなどの、見た目上の「皆で一緒に」にまどわされず、
「皆で一緒にやりたいと思っているか」「孤立感をあじわってないか」「信頼を大事にしているか」など、むしろ心が皆と繋がり「皆で一緒に」になっているかを、無視せずにいたいと思います。
かぐやかコーディネーター
宮前 奈々子