自分自身を見つめる機会を日々戴いています。
すると、自分の癖が見えてきます。
何故、自分は相手の状態をただただ丸ごと見たままで受け取らず、
「なんでこうなんだろう?!」と自分の価値観と比較してみてしまうのか。
それは、子どもの発達を毎回、年齢という概念や今までの自分の経験値と比べて
「遅い」「早い」を見ているような感じがします。
何故、「相手に合わせよう」と、自分の価値観を捨てず、
近づけて行こうという発想が生まれるのか。
それは、子どもの発達を毎回、
「この子は何歳だけれども、年齢は関係ないからその子の発達に合わせよう」
と、頑なに自分の価値観という物差しを使いつづける行為のように感じます。
本当は、合わせるのではなく、相手は相手の今のまま。
自分の価値観に通さずとも、あるがままをあるがままで受け取れたら、、、と感じます。
なぜ、自分はそれをしたがるのか。
その心の中には、
「自分の価値観が正しいと証明したい」
「物事を良い悪いで判断したい」
という心があるのではないかと、学ばせて頂きました。
まだまだ自分の事も分からないことばかりですが、
今の自分の事も、まるごとそのまま受け取り、
そしてなりたい自分へ近づいていきたいと思います。
ミマモリスト
眞田 海