昭和から平成に変わった時、私は母のお腹の中にいました。同級生は、昭和63年、64年、平成元年生まれが入り混じる特殊な学年でもありました。
同級生に1月7日(昭和最後の日)生まれが多かったのは、ただの偶然ではなく、何か大きな力が働いていたのではないかと、今思うと感じます。
何かと、ゆとり世代と揶揄されることもしばしばありましたが、平成という時代が幕を閉じ、令和の幕開けに不思議な心持ちです。
私が生まれた平成元年は1.57ショックと衝撃が走ったようで、国としては子どもの数が減っていくことは、大変なことですが、生まれてきたそのいのちの一つひとつはどれも尊く、かけがえのないいのちであることは変わりないことを感じます。
図:厚生労働省「人口動態統計」
そして、令和へと元号が変わり、全国でたくさんの赤ちゃんが産声をあげたようです。
そんなニュースの報道を観ていると、こちらまで嬉しくなり、つい笑みがこぼれて、子どもたちが安心して成長できる環境や、やりたいと思うことをやらせてあげられる環境を用意してあげたいと考えてしまいます。
「子は宝」ということはいつの時代も変わらないことだと思いますが、新しい時代の子どもたちを見守っていけるよう、自分自身も変化を恐れず、新しい時代を生きていきたいと思います。
ミマモルジュ
奥山 卓矢