「自分のこと」よりも「周りのこと」を心配できるのは、
自分にとっての「安心基地」があるかどうかということは
全てではありませんが、一つの要因であるように感じます。
自分が自分のことを心配しているか、周りのことを心配しているかは、
「相手を捌いていないか」「相手の気持ちに寄り添った発言・行動をしているか」
といったそれこそ、 「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」
の境地なのかもしれません。
一旦自分の持っている価値観や軸を捨てられるのは「安心基地」という名の
「何があってもきっと大丈夫、自分は見守られている」という、
今ある自分がいろんなことのお陰様であることを自覚していることや
感謝で生きていることであったりするように感じます。
同じ出来事や同じ境遇を「感謝」で受け取る人もいれば「不遇」と受け取る人もいます。
ということは、自分の境遇をどのように受け取るかで、安心基地は見えてくるのだと思います。
感謝とは人生を豊かに生きる肝心要なのだなと改めて感じます。
ミマモリスト 眞田 海