今日は保育環境セミナーでした。
藤森先生のお話をお聞きしていると、
日々の親としての自分自身を省みる機会となります。
子ども同士のけんかについても、早く止めさせたり
喧嘩を仲裁したり、善悪を裁くことに意識が行ってしまいますが、
親の役割は裁判官や教え込む係ではなく、
その子達がどこまで我慢できるか、
どこまでけがをさせないでいられるか。
そこを日々見極め、子どもたちの成長を見守る為なのだと気づきます。
発達は自ら獲得していくもの。
裁いたり教えても知識ばかりがつき、意欲がつきません。
見守るとは、裁くよりも教えるよりももっと前に、
大前提に子ども達が自ら育つことを信じ、
今目の前にいるその子の事を丸ごと理解しようとする心がなければ
見守ることができないのだと感じました。
むしろ、その心をもっているからこそ、
子どもたちは安心した情緒の中で暮らしていけるのだと感じます。
これは、親としてとても大きな役割だと感じます。
同時に、そう考えると安心感がうまれます。
それは、私自身、裁きたいわけでも、教えたいわけでもなく、
どうしていいかが分からなくなっていたからです。
頭ではどうしたら良いのかは理解していますが、
実際にはなかなかその通りにはならないとき、
現実に沿った言葉を聴くと、安心してそれに挑戦できます。
そしてそれは仲間や大人に対する眼差しも
同じことなのだと気づきます。
気付いたからには、今この場から、
この瞬間から挑戦していきたいと思います。
ミマモリスト
眞田 海